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1970年のクリスマスプレゼント [昔話]

 1970年―僕は小学校2年生の鼻たれだった。この年の大きな出来事と言えば、大阪で開催された万国博覧会だった。僕も父親に連れられて2日間、来るべき21世紀の世界に思いを馳せた。この万博の目玉は前年アポロが持ち帰った、アメリカ館の「月の石」である。当然僕も「月の石」が見たくて見たくてたまらなかったのだが、アメリカ館は長蛇の列。並ぶと半日が潰れてしまうため、泣く泣く諦めた。後日、「月の石」は上野の科学博物館にも展示され、こちらでは拍子抜けするほどあっさりと見ることができた。その「月の石」美しくも妖しい光を放っていた、なんてことは全くなく、単なる研磨されていない軽石くらいにしか見えず、あの万博での長蛇の列はいったい何だったのかと思ったものだ。

 こんなエポックメイキングな出来事があった時代の少年の多くは壮大な宇宙のロマンに憧れを抱いた。21世紀になれば誰もが気軽に宇宙旅行ができる時代が来ると信じていた。火星にはタコみたいな宇宙人がいるものだと確信し、図工の時間に描いた絵には宇宙人とロケットが乱舞した。「虫博士」と呼ばれていた同級生のM君は、気がつけば「星博士」になっていた。そのM君の父親は大学教授で、彼の自慢は親に買ってもらった天体望遠鏡であった。それはその時代の少年達が誰しも憧れた宝物であり、「月の石」にはなかった後光を発していた。

 1970年12月、すでにサンタクロースが父だと見抜いていた僕は「クリスマスプレゼントには天体望遠鏡が欲しい」と宣言した。これさえあれば土星の輪っかまで見えるはずだ。僕も「星博士」になるのだ。クリスマスには何でも買ってもらえると思い込んでいた僕は、その日を指折り数えて待っていた。

 ついに12月24日、クリスマスイブ。夜になって親父サンタの帰りを今か今かと首を長くして待っていた。そして玄関のドアが開く音。僕は父を出迎えに玄関まで走った。そこには鞄を提げた父の姿。しかし抱えているはずの大きな天体望遠鏡はその手にはなかった。「あれ?」と一瞬思ったが、すでに悪知恵がついていた僕は、実は事前に買っていて押入れにでも隠してあるのだと気がついた。居間に戻り、天体望遠鏡の登場を出迎える準備をした時、親父サンタは鞄から片手で軽々と持てる小さな箱を取り出し「ほい」と僕に手渡した。

 「?」

 こ、これが、こんな小さな箱に天体望遠鏡が入っているのか? いつから天体望遠鏡はこれほどコンパクトになったんだ? 頭が混乱していたが、とりあえず震える手でリボンを外し、赤と緑の包装紙を破ると黒く横長の小箱が出てきた。蓋を開けると、そこには海賊の下っ端がマストの上で遠くを覗く時に使う小さな望遠鏡が入っていた。

 「欲しがってただろう、望遠鏡」

 力が抜けた。あまりの落胆に声も出せず、天体のつかない望遠鏡を見つめることしかできなかった。実はその時の父がどんな表情をしていたのか知らない。僕は顔を上げられないほど落ち込んだのだ。結局その望遠鏡は一、二度覗いたきりで放っぽらかしとなった。

 その後もしばらくは毎年クリスマスプレゼントを貰っていたが、今振り返ると何を貰ったのか、1970年の望遠鏡以外は全く覚えていない。生涯一落胆したクリスマスプレゼントが一番記憶に残っているとは何とも皮肉なものだが、実はこの望遠鏡は今も手元に残っている唯一のクリスマスプレゼントでもある。現在は書棚の空きスペースにインテリアとして飾っている。そして目に付く度に1970年のクリスマスの記憶が蘇り、あの時あれほど目の前で落胆した姿を見せて、父にも可哀想なことをしたと、少しほろ苦い気持ちになるのだった。


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コメント 4

アートフル ドジャー

僕は丁度生まれた年なので父上1人で万博は行ったと母には聞かされました。印象的にはアトムより僕は999の様に21世紀になったら宇宙へ旅行とか行ける時代が来る等と思ってました。考えてみれば21世紀後半ならいざしらず、21世紀に入って即に、なんての~は大分無理な話ですね。今思えばやはり、子供の頃の・・・です。
by アートフル ドジャー (2006-12-24 05:38) 

キキ

宇宙飛行士や天文学者になりたい子供達がたくさんいた20世紀も昭和も、プレゼントにワクワクした子供時代も遠くなりました。

大人も子供も、今日はいろんな出来事が生まれる日なんでしょうね・・・。
by キキ (2006-12-24 10:31) 

丹下段平

アートさん、1970年生まれなんですか。もう人類は月まで行ってたわけですね。あの時、リニアモーターカーやテレビ電話なんてものも初お目見えだった記憶があります。正直、あの時はもっと早いスピードで現実のものになると思ったものですが、そうではなかったようです。
by 丹下段平 (2006-12-24 21:51) 

丹下段平

キキさん、メリークリスマス。いかがお過ごしですか。キキさんにはどんな出来事がありましたか? 僕は家で有馬記念のテレビ中継を観た他は年賀状を作っておりました(結局上手くできませんでしたが)。
1970年当時の子供には物は無かったけど夢や希望だけはありました。今はその逆なのかな? ちょっと考えてしまいますね。
by 丹下段平 (2006-12-24 22:00) 

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