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「レスラー」 [映画(2009)]

この『レスラー』を観てから記事にするまで少し時間が経ってしまっている。実は現役プロレスラーの三沢光晴選手が試合中に亡くなった翌日に鑑賞した。別に彼の死に影響されてこの作品を観ることにした訳ではなく、最初からこの日に予定していたのであった。かつては大人気のレスラーであったが今はすっかり落ち目のこの映画の主人公と、ずっと第一線で活躍してきた三沢選手では境遇に違いはあるものの、主人公に忍び寄る死が結びついてしまい、どうしても双方を切り離して観ることは不可能であった。

かつては大スターだったプロレスラーの〈ザ・ラム〉ことランディ(ミッキー・ローク)は、今ではすっかり過去の人となり、週末に小さな会場で行われる試合に出場しては僅かな収入を得る程度で、平日はスーパーのバイトをしなければ生活できない境遇になっている。その日もデスマッチをこなし、血だらけで控室に戻ったものの、心臓発作を起こし病院に担ぎ込まれてしまった。バイパス手術までするほどの大病で、医者からは引退するよう告げられる。馴染みのストリッパー(マリサ・トメイ)に孤独である心の内を語ると、家族に連絡するよう勧められる。ランディは長らく音信不通だった一人娘(エヴァン・レイチェルウッド)に会いに行くが、冷たくあしらわれてしまい…というお話。

自分勝手に生きてきた男の孤独と哀愁を主演のミッキー・ロークと監督のダーレン・アロノフスキーが描いた佳作であった。どんなに落ちぶれようとかつての栄光が忘れられず、自分の生きる場所(死に場所)を四角いリングにしか見出せない姿は哀しくも共感できるものである。エンドロールに流れるブルース・スプリングスティーンの主題歌も素晴らしかった。特に自身の境遇と重なり合うミッキー・ロークの姿は演技であることを忘れさせるような迫真のもの。この映画に集まった人々の想いが詰まった作品である。

プロレスはショービジネスである。勝敗以上にプロセスが大切であり、自分が相手に痛めつけられることが自分を引き立たせることになる厄介な競技であり、そこが他の格闘技とは大きく異なる点である。逆境を跳ね返すことで観客にカタルシスを与えることができるので、大技を食らうことが前提となってしまう。時代とともに技も高度化して、より危険なものになっている。それを受け続けているのだから、ベテラン選手の肉体はかなりの蓄積したダメージが残っていることだろう。三沢選手もずっと体調が芳しくなかったと報道されていたが、それでもリングの上に立ち続けていた。プロレス団体の経営者で、花形選手であった自分が出場しなくてはならなかったため、仕方がなかったかのようにテレビでは報じられていたが、果たして本当に仕方なくだったのだろうか。そんな下世話な理由よりも、この『レスラー』のようにリングの魅力に敵わなかったためだと、僕個人としては思いたいのである。

レスラー.gif


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マヌカン☆

昨日この映画を見てきました
「切ない」としかいいようのない場面がたくさんあって、そして惣菜売り場の仕事場での出来事からあとは見事な展開でしたね。自分で選んだ居場所と花道。

演技といえば演技のはずなのですがなんだか実在のレスラーのドキュメンタリーのように見てしまいました。
 
by マヌカン☆ (2009-06-21 21:22) 

coco030705

こんばんは。
アカデミー賞授賞式で、ミッキー・ロークの変わりようにいささかショックを受けましたが、受賞したのでまたまたビックリ。
でも丹下段平さんの記事を読んだら、納得して観たくなってきました。いつか観ることにします。
by coco030705 (2009-06-21 22:28) 

コッスン

ランディの寂しさというか孤独さを
本当によく演じていて、私か私以上の年齢の人には
ウケると思うけど・・・
はたして若者にはどう見えるにでしょうね。
挫折とか、苦しさとか体験してない人だとイマイチかもね。
役作りに3カ月、16年間のボクシング経験よりケガをして
なんでこんなに切ないのかわかんないけど
ランディが居場所を見つけて
生きる場所に戻って、イコール死に場所だもあった。
あーん切ない。
確かにあの髪形はうっとおしかった

by コッスン (2009-06-21 23:12) 

hash

こんばんは。
>プロレスはショービジネス
プロレスの裏側を描くことで、ランディの哀愁が如実に表現されていたように思え、そこに本作の良さがありました。
by hash (2009-06-22 01:33) 

サテヒデオ

サテヒデオと申します。

丹下段平様
誤って、違う作品の記事からトラックバックを送ってしまいました。申し訳ないですけれども、削除をお願いいたします。

ランディがリングに上がったのは、そこにある魅力にひかれてというよりも、そこでしか生きられないという思いがあったからではないでしょうか。
by サテヒデオ (2009-06-22 08:14) 

丹下段平

マヌカン☆さん、こんにちは。
切ない映画でしたね。ミッキー・ロークの存在感は演技を超えるリアルなものでした。ホント、ドキュメンタリーのような切迫感が伝わってきました。
by 丹下段平 (2009-06-22 21:40) 

丹下段平

ココさん、こんにちは。
ミッキー・ローク、以前の面影はどこへ、って感じでしたが、その間味わった挫折や絶望が一段上の役者に成長させたような気がしました。ぜひご覧ください。
by 丹下段平 (2009-06-22 21:44) 

丹下段平

コッスンさん、切ない映画でしたね。
不器用にしか生きられない男の姿を描いた素晴らしい作品でした。
おそらく今の若者にも伝わるのでは? 何せ『蟹工船』が受けるくらいなので、多分大丈夫かと…(理由としては弱いかな?)
by 丹下段平 (2009-06-22 21:48) 

丹下段平

hashさん、仰る通りだと思います。自ら肉体を切り刻む姿は哀しいものがありました。そこまでして小さな会場を沸かせるレスラーに業のようなものを感じました。
by 丹下段平 (2009-06-22 22:01) 

丹下段平

サテヒデオ様、誤りのTBは削除しておきます。
確かに「そこでしか生きられない」で間違いないと思います。実は僕も最初はそう書こうかと思ったのですが、ニュアンスが消極的になり過ぎるように思えて変えました。ランディはプロレスラーとしてしか自分らしい生きざまができない人物であったと同時に、プロレスを心より愛していたのではないでしょうか。そんなことをひっくるめて本文のように要約してみました。
by 丹下段平 (2009-06-22 22:12) 

ばん

僕も過去の人となりつつあります。
by ばん (2009-06-23 01:24) 

丹下段平

舞台やテレビでご活躍のばんさん、誰もそうは思っていないですよ。健康に気をつけて、いつまでも今の人でいてください。
by 丹下段平 (2009-06-24 00:02) 

薔薇少女

又も本文と関係なくてスミマセン。
仙台で『愛を読む人』を見てきました!
思ったより淡々としてたけど、切なかったです!
by 薔薇少女 (2009-06-26 17:09) 

丹下段平

実は『愛を読む人』はスルーしようかと思っていました。が、ちょっと観ようかなという気持ちが芽生えました。
by 丹下段平 (2009-06-26 19:47) 

キキ

こんにちは。
若い頃って歳を取ってからどう生きるのかまでは
考えてませんよね。
病気になってしまうことも想像できませんし。
スーパーでの仕事のシーン、切なかったです。
“ミッキー・ローク”の映画でした。


by キキ (2009-06-29 10:05) 

丹下段平

若い頃は40歳になった自分を想像すらできなかった、というかしなかったですね。でも、漠然とは考えていたのか、フリーターにはなりませんでした。

スーパーのシーン、主人公の悲しさが画面から滲み出ていました。ミッキー・ロークにこれ以上の役があるのかなぁ、と思ってしまいます。
by 丹下段平 (2009-06-29 22:40) 

duke

まだ見ておりませんが・・・。
ミッキーローク、これからどのような役をやったりするのでしょうか。
by duke (2009-06-29 23:07) 

丹下段平

dukeさん、ぜひご覧ください。
ミッキー・ロークも昔のカッコイイ時代から随分変わってしまいましたので、どんな役が依頼されるのでしょうか? 少なくとも色男系は難しいでしょうね。
by 丹下段平 (2009-06-30 08:17) 

クリス

あんなに痛めつけ合うリングに、いったいなにがあるの???と不思議に思ってしまいます。男のロマンなんでしょうね。
ランディの生き方はとてもリスペクトしますが、やっぱり女としては最後の試合は観ていられませんでした。
ミッキーがこの役をやってくれて、よかったと思います。彼も、復活ですね。
by クリス (2009-07-04 23:52) 

丹下段平

男のロマンなんですよ。これは理屈じゃないんです。生まれた時からDNAに刻み込まれてると言うか…。
ミッキー・ローク、見事でした。これからどんな生き様を見せてくれるのか楽しみです。
by 丹下段平 (2009-07-05 02:43) 

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