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「櫻の園」(2008) [映画(2008)]

櫻の園前売りB.JPG1990年に創られた前作を封切り当時に観ている。お嬢様学校の創立記念日に演劇部によって必ず上演される『桜の園』。舞台の幕が上がるまでの1日の出来事を丹念に綴った、騒々しくも穏やかな時間が流れる中に、インモラルな含みを持たせた出色な出来で、映画を漂う空気に魔力さえ感じられるような不思議な作品であった。そして、その監督である中原俊が18年ぶりに再び挑むセルフリメイク作品。果たしてあの1990年度版を超えることが出来るのか…

とまぁ、そんな興味を抱いて観たのだが、タイトルは同じながら、映画自体はセルフリメイクではなく、同じ高校の演劇部が舞台ながら、時代を経た今の演劇部であり、姉妹編と言ったところ。出てくる役者も前作のようなリアリティを感じられるようなタレントではなく、オスカープロモーションのタレントの顔見世興行のようであった。

音楽の道を諦め、名門お嬢様高校に転入してきた結城桃(福田沙紀)。堅苦しい校風に馴染めず、嫌気がさした時に見つけた「桜の園」の古びた台本。調べてみると以前は創立記念日の恒例行事として演劇部によって上演されていたものであったが、ある年に部員による不祥事のために上演できなくなり、それ以来封印されてしまったことが分かった。しかも上演中止になった年には担任の坂野先生(菊川怜)や姉の杏(京野ことみ)も係わっていたらしい。桃は同級生の赤星真由子(寺島咲)や学園のアイドルの葵(杏)らと共に、学校に内緒で『桜の園』を上演しようと張り切る。しかし彼女らの行動が厳格な教頭(富司純子)にばれてしまい…というお話。

物語自体は悪くないし、前作を知る者にとっては「あれから数年後の話」というのは興味を持たせてくれるものであった。しかし…

何かが足りない

ように思えた。前作のような魔力を感じられないのは何故か。タレント臭さが漂う役者が多数出演していたため、リアリティが希薄になってしまったせいなのか、あるいはお嬢様学校の世界観が今の時代とはかけ離れてしまったためなのか。

それらはどちらも当て嵌まっているような気はする。しかし、根本にあるのは中原監督の「やる気」の違いだったような印象を受けた。前作が「やりたくて創った」作品だとすれば、今回は「依頼があったので創りました」というスタンスであったような気がする。おまけに無理して出さなければならないタレント(米倉涼子や上戸彩など)が何人もいて、あまり気乗りしなかったのではなかろうか。1990年度版とは別の物語なのだから比較すべきものではないのかもしれないが、タイトルが全く同じなのだからしょうがない。比較は覚悟の上で同じタイトルにしたのだろう。

残念ながら前作のような魔力はなく、数段落ちる出来。前作を知らなければ受け止められるのかもしれないけど…

櫻の園.jpg


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「僕らのミライへ逆回転」 [映画(2008)]

いやいや、マイッタ。大好きだよ、この映画。

若い頃、自主映画やってたから尚更この感じが分かるし、やっていなかった人でも映画が好きだったら作品を「創る」楽しさが伝わってきて、素敵な気分になってくれるのではなかろうか。

再開発のため立ち退きを迫られているニュージャージーのレンタルビデオ店。DVDはなく、未だにVHSしか置いていない。しかしオンボロな店構えだが、往年のジャズミュージシャンのファッツ・ウォーラーの生地であることに店主(ダニー・グローヴァー)は誇りを持っており、何とか金を工面して店と建物をを残したいと思っている。そんな中、店主は店員のマイク(モス・デフ)に店を任せ旅に出る。そこにマイクの親友のジェリー(ジャック・ブラック)が強烈な磁気を帯びた体でやって来て、店のVHSテープを全て再生不能にしてしまう。しかし、お店には常連客のファレヴィッチさん(ミア・ファロー)が『ゴーストバスターズ』を借りに来てしまった。困ったマイクはジェリーと二人で、自分たちの手で『ゴーストバスターズ』をリメイクすることを思いつく。廃品などを利用してチープに創った『ゴーストバスターズ』。何食わぬ顔でファレヴィッチさんに貸し出してしまったが・・・というお話。

この語、マイクとジェリーはどんどん色々な作品をリメイクしていくことになるのだが、バカバカしく安っぽい創りながら、次は何がリメイクされるのか楽しいことこの上ない。しかもチープにリメイクしていくパロディ的な可笑しさだけの映画ではなく、しっかりと伝統的な下町人情喜劇の側面も兼ね備えているので、ワンランク上のコメディになっている。

監督は『エターナル・サンシャイン』『恋愛睡眠のすすめ』のミシェル・ゴンドリー。個性的でちょっとカルト的な人気を感じられる監督だけど、個人的にはこの『僕らのミライへ逆回転』が一番良かったと思うし一番好き。

リメイクされる作品を既に観ていれば言うことないけど、観ていなくても充分楽しめる作品。おススメ!

僕らのミライへ逆回転.jpg


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「American Teen/アメリカン・ティーン」 [映画(2008)]

アメリカ中西部にある、ごく普通の高校に通う5人の生徒を追ったドキュメンタリー。彼らは皆高3で、進路や恋に悩む姿は、どこにでもある風景として描かれている。但し、徹底した撮影により、自然な姿をさらけ出しており、どれだけ密着した撮影をしていたのかと、スタッフの執念と根気には驚かされた。カメラを前に自然に振舞う少年少女たちは、あまりにもずっと撮られ続けたために、撮られることに麻痺してしまい、過ぎるくらいのありのままな姿を見せる。

女性監督のナネット・バースタインが、この高校で取材対象の中心に選んだ生徒は、ある意味典型的な異なるキャラクターの5名で、バスケ部のエースのコーリン、オタク丸出しのジェイク、ハンサムでモテモテなミッチ、いかにもセレブで高学歴一家のメーガン、変人で芸術家肌のハンナ。いかにもいがちな彼らだが、しっかりキャラが立っているので、夫々が抱える悩みもまったく事情が異なっている。アメリカでは似たもの同士でグループができるらしく、棲む世界が違うとあまり交流がないのが面白い。したがっていろいろな角度から「17歳の今」が描かれることになる。

但し、監督の好みは自然に出てしまうもので、5人の比重は最終的にずいぶん差ができてしまっている。将来映画館系の仕事に就くことを夢見て西海岸の大学へ進学することを希望するハンナに、明らかにシンパシーを感じていると思われ、最初と最後に登場させメイン扱いとなっているのが明確である。一方、一番興味なかったと思えるのがミッチ。殆ど悩みのない彼には思い入れゼロに感じられ、完全に脇役扱い。尤も観ているこっちだって彼に心引かれるものはないので、これで正解。

それにしても、あまりにも彼らが自然で、決定的な瞬間が押さえられ過ぎているのを見せられると、

案外これってヤラセじゃない?

と、穿った疑問を抱えてしまう。彼らの様子を切り返しで撮影しており、「いったい何台のカメラで撮ってるんだよ」と気づいてしまったので、尚更である。おまけに彼らの友人たちの様子まで追っているとなると、ドキュメンタリー形式のドラマじゃないのかと、いよいよ怪しく感じてしまう。まぁ、これはあまりにも出来過ぎているからで、スタッフの努力がかえって悪い方向に捉えてしまったのだ、と思いたい。

実際にはその真偽は判らないが、ごくごくありふれた日常でも丹念に描けば秀逸な作品になることを示した映画である。


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「ダークナイト」 [映画(2008)]

『ダークナイト』を観てから数週間経った今、振り返ってみると思い出されるのは悪役のジョーカー(ヒース・レジャー)と地方検事のハービー・デント(アーロン・エッカート)ばかりで、バットマンことブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は主役なのにほとんど印象に残っていないばかりか、顔さえも浮かんでこない有様。そもそも『ダークナイト』がアメコミの『バットマン』シリーズだったことさえ信じられないほどの、シリアス且つ重厚な作品であった。

実は観る前に、既に『ダークナイト』を観た友人から「前作の『バットマン ビギンズ』を観てからにした方がいいよ」とアドバイスされ、近所のTSUTAYAにレンタルDVDを借りに行ったが貸し出し中で、それから何度も足を運んだが、遂にソフトはずっと貸し出し中状態であった。その内に上映期間も終わりが見えてきてしまい、仕方なく前作を観ないまま『ダークナイト』を鑑賞することにした。なるほど、友人のアドバイスは正しく、前作から引き続いたストーリーとキャラクターの展開があり、その結末は『ビギンズ』を観ている人といない人では感じ方も変わってくるように思えた。

悪がはびこるゴッサムシティ。ある日銀行強盗が大金を奪い去る事件が起こった。そのリーダーはジョーカー(ヒース・レジャー)。手下を皆殺しにして大金を独り占めする非道な男。そんなゴッサムシティに有能な地方検事のハービー・デント(アーロン・エッカート)がやって来る。正義に燃える彼は街の救世主に思われた。ゴッサムシティには陰で正義を守るバットマンがいた。普段は大富豪のブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)として生活し、彼がバットマンであることは誰も知らない。そのブルースの分かれた彼女であるレイチェル(マギー・ギレンホール)は、今はハービー・デントの彼女になっている。ブルースは複雑な気持ちを抱えながらもハービー・デントにゴッサムシティを託そうと支持を表明する。一方、バットマンが邪魔なジョーカーはある計画を練るのだが、それは…というお話。

何しろジョーカー役のヒース・レジャーが凄い。人の弱みにつけ込んだ非情な愉快犯を悪魔が乗り移ったかのように演じている。ティム・バートン版『バットマン』のジャック・ニコルソンには、どこか犯罪を楽しんでいるようなユーモラスな雰囲気が漂っていたが、ヒース・レジャーは冷血漢としてジョーカーを演じ、作品のトーンがとことん暗くなることに貢献している。そしてハービー・デントを演じたアーロン・エッカートも好演。『サンキュー・スモーキング』の時もそうだったが、超やり手がはまり役で、最後は脆いところを見せてしまう弱さのギャップが見事。

クリストファー・ノーラン監督はアメコミをよくここまで暗いトーンの作品に仕上げたものである。ちょっとシドニー・ルメット監督作品のような雰囲気さえある映画にした実力は大したもの。前作の『プレステージ』もそうだったが、暗さがこの監督の個性なんだと思う。

それにしても、この映画に対する映画ファンの評価はかなり高いのに、興行的には惨敗したのは残念である。映画ファンの口コミは所詮映画ファンの中だけに留まり、一般層には広がらないという事なのだろうか。映画ファンの口コミなんてこの程度のものなのだろうか。その辺、ちょっと淋しく思える今日この頃である。

ダークナイト.JPG


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「パコと魔法の絵本」 [映画(2008)]

『下妻物語』『嫌われ松子の一生』の中島哲也監督によるファンタジー色の強いドラマ。話はシンプルながら、一筋縄ではいかない凝った映像表現で、原色の強い色彩設計に箱庭のような舞台設計。役者のメイクは濃く、誰が誰だか判らないほどの化けっぷり。そんな個性的でしつこ過ぎるような作品なのだが、これで感動させられてしまったのだから脱帽である。リアルとはかけ離れた人工的な映像にあって、操り人形のような役者によって演じられた作品に感動を持ち込めた中島哲也監督は、やはり只者ではない。

個性的な患者が入院している病院で、ひときわ横暴で我侭な大富豪大貫(役所広司)は周囲の患者達からの嫌われ者。そんな大貫は『ガマ王子対ザリガニ魔人』という絵本を読んでいる入院患者のパコ(アヤカ・ウィルソン)に出会う。次の日もその次の日も同じ絵本の同じところを読んでいるパコ。大貫はやがてパコは交通事故で両親を失い、同乗していた彼女は記憶が1日しかもたない病に侵されていることを知る。意地悪ジジイだった大貫の心は不憫で健気なパコによって動かされ、彼女の大好きな『ガマ王子対ザリガニ魔人』を入院患者や医師と看護婦も巻き込んで芝居で見せてあげようと提案するのだが…というのが話の大筋。

その大筋に他の患者や医者と看護婦も絡んで、最後の『ガマ王子対ザリガニ魔人』の芝居に繫がっていくのだが、皆夫々に悲しみを背負っており、そんな人たちが己の個性を活かした芝居を見せるのが映画のミソになっている。特に元有名子役だった室町(妻夫木聡)は後半のキーパーソンになっている。それにしても劇団ひとり、土屋アンナ以外の役者は誰が演じているのか判別できないくらいの変身ぶりで、小池栄子は言われても判らないくらいに変わっている。そんなのも皆が楽しんで演じているのが感じられ、映画に活気を与えていると思える。

観るまでどんな映画なのか予測不可能であったが、嬉しい方に裏切られた感じで、お薦めしたい作品になっている。

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「おろち」 [映画(2008)]

おろちポスター.JPG楳図かずお作の恐怖漫画『おろち』の映画化。この原作は読んだような気もするし、読んでいないような気もする。いずれにしても新鮮な気持ちで鑑賞することができた。

人気絶頂の有名女優・門間葵(木村佳乃)と彼女の娘・一草と理沙は使用人のいる豪邸で暮らしている。葵は娘も有名人にしようと、厳しい歌のレッスンを強いている。ある日、葵は突然引退。その理由は門間家に代々伝わる「血」にあった。それから20余年後、一草(木村佳乃)は母そっくりに成長して女優に、理沙(中越典子)は一草の身の回りの世話をしながら同じ邸宅に住んでいた。一草の人気が頂点に達した頃、門間家の「血」の悲劇は彼女達の身にも迫っていた…というお話。

この一家の悲劇をタイトルロールのおろち(谷村美月)が家政婦として潜入して見守る構成になっている。あくまでおろちは傍観者であり、物語を動かすような大きな役割は与えられておらず、単なる視点にしかなっていない。これが視点となると、観客も一歩引いたような感覚となり、映画的な盛り上がりに歯止めをかけるとしか思えず、物足りなさを感じてしまった。また、おろちについての説明もないため、彼女の素性や役割が不明瞭で、視点としても不安定な存在になってしまっている。

これではお話自体に問題があるようにも思えるのだが、果たして原作を読んで同じような印象を抱くのだろうか。もしかしたら同様のことは全く感じずに怖い思いが出来るのかもしれないし、実際そんな気がしている。多分、楳図かずおと監督の鶴田法男との演出力に差があるため、このような印象になってしまったのではなかろうか。物語以上に怖く見せる実力の差が、描かれてから何十年後に映画化されるような作品になったか、上映されても他の作品の中に埋もれてしまう程度のものになってしまったかの差になっているのだと思う。

とは言え、ホラーと呼ぶより閉ざされた一家の愛憎劇としてはしっかりした内容になっているのと、主演の木村佳乃の好演もあって、良く出来た2時間サスペンスくらいの面白さはある作品には仕上がっている。

タイトルロールのおろちは、ずっと注目してきた谷村美月が演じている。今やすっかり売れっ子で、テレビや映画に凄まじいペースで出まくっている。僕が今年観た彼女の映画出演作はこれが3本目。さすがにこれだけ出演してくれると、こちらもいささか食傷気味にさえ思えてきた。それ以上に感じるのは、果たして彼女は女優として成長しているのだろうかという疑問である。初期の『カナリア』(→記事)、『海と夕日と彼女の涙 ストロベリーフィールズ』(→記事)の頃に比べても、今はメジャーになってもてはやされているものの、表現力という点では才能を磨り減らしているだけで、以前より向上しているようには思えないのだ。そろそろ見境なく出演するのは止めにして、じっくり作品を選んでから取り組んで、彼女の真価を見せてもらいたいと思うのだが。

おろち.JPG


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「フライング☆ラビッツ」 [映画(2008)]

いゃね、某シネコンのチケット売り場で並んでいる時までは『パコと魔法の絵本』を観るつもりだったんだよね。『フライング☆ラビッツ』は頭の片隅にあった程度で、観ようとは思っていなかった。だけど、順番になって若いカウンターの女性と対峙したら、急に幼女よりも若い女性の映画の方が良い気がして、気がついたら「パ」じゃなくて「フ」で始まる映画のタイトルを告げていた。

あ~~ぁ、やっちまった…

チケットを手に早くも後悔。ダメ映画な臭いプンプン。期待は久しぶりに真木よう子が映画に出演している、それだけである。

憧れのCA(キャビンアテンダント)の卵になった早瀬ゆかり(石原さとみ)はひょんな事から林監督(高田純次)にスカウトされ日本航空のバスケットボール部「JALラビッツ」に入部することになる。そんなゆかりを軸に、同期の新人、千夏(真木よう子)や同姓同名の早瀬ゆかり(渡辺有菜)とともにバスケに恋に(お相手は柄本佑)頑張る奮闘記、といったコメディタッチの映画である。

何だか「久しぶりに観たアイドル映画」って感じの作品であった。アイドル映画とは何ぞや、ということになりそうだが、つまりは主演の役者が出てさえいればいい、って人向けの作品であって、内容は安直だけど石原さとみはいろいろな衣装に着替えるし(コスプレ?)、可愛く写っているので、それで満足な人ならばOKな映画である。当然こちらは満足できないクチなので、かなり退屈してしまった。何の説得力もない脚本、切れの悪い演出にウンザリ。CAなのにドスの利いたお目当ての真木よう子もまずまず。

監督の瀬々敬久の作品は『泪壺』(→記事)に続いて今年二本目の鑑賞となったが、前作に続いて今回も良くなかった。ピンク映画で注目されて一般映画に進出した監督だが、僕には到底優れた人だとは思えない。才能を感じられない職業監督といったポジションにしか思えなかった。

まぁ、素直に『パ』で始まるタイトルの映画を観なかった自分が悪いんだけどね…

フライング・ラビッツ.JPG


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「落下の王国」 [映画(2008)]

まだ映画がサイレントだった時代のアメリカ西海岸の病院。農作業中にオレンジの樹から落ちてしまい腕を骨折して入院している5歳の少女アレクサンドリア(カティンカ・アンタルー)と、映画の撮影中に橋から落ちて大怪我を負いベッドに寝たきりのスタントマン・ロイ(リー・ペイス)との交流に加え、ロイがアレクサンドリアに語るおとぎ話との二重構造になっており、現実世界の人々がおとぎ話の出演者にもなるという、『オズの魔法使』以来ありがちなパターンだが、ユニークな構成になっている映画である。

現実社会のロイは大怪我以上に恋人を主演俳優に奪われて自暴自棄になっており、アレクサンドリアをおとぎ話でてなずけ、彼女に薬品室から自殺するためのモルヒネを盗んでこさせようと画策している。彼女の興味をひくためのおとぎ話はロイの思いつきだなのだが、彼の心情の変化で酷い話になっていったりするのをアレクサンドリアが物語にも入り込んで修正しようとする様子が健気である。その内容は黒山賊ら6人の戦士が暴君のオウディアス総督を倒しにいく物語。黒山賊はロイ、オウディアスはロイの恋人を奪った俳優が演じている。

こんなユニークな映画なのだが、どこか物足りなさを感じてしまった。ロイによって語られるおとぎ話の映像は、監督のターセムがCMやPVの作家だったためかスタイリッシュで美しく見事な出来で、石岡瑛子のコスチュームも素晴らしいのだが、語られる話自体に深みを感じられないのが物足りない最大の原因だったように思える。語り部たるロイの気持ちの持ちようで変化するストーリーから得られるものが殆どなく、絵空事に留まってしまっている印象である。また、自殺を試みるロイの悲しみの深さが、観客からすれば自殺することもあるまい、と思えてしまうのも映画の興味を削いでいる。もっと絶望の渕にあるような設定ならば、語られる話にもフィードバックして、思わず応援せずにはいられない気持ちにさせてくれたのではないかと思う。

もうちょっと上手くやれば傑作にもなり得た映画だったのではなかろうかと思えるのが、凄く残念である。

落下の王国.JPG


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「イントゥ・ザ・ワイルド」 [映画(2008)]

こんな僕でも(?)若い頃に「自分は親の言いなりになって敷かれたレールの上を走らされてるだけじゃないのか?」なんて青臭いことを思ったことがある。この『イントゥ・ザ・ワイルド』の主人公クリストファー・マッカンドレス(エミール・ハーシュ)はそれに加えて家庭環境も複雑だったために、大学を優秀な成績で卒業した直後に父親(ウィリアム・ハート)に反発しドロップアウトして失踪、2年かけて全米を彷徨った最後に辿り着いたのがアラスカの荒野だった。そこで置き去りにされた廃バスを見つけて住み着いて原始的な生活を送る様子に、卒業から失踪してアラスカに辿り着くまでの様子がカットバックされる。

人の気配が全くないアラスカの荒野と空虚な主人公の心の中が重なり合い、カットバックされるクリストファーが出会った人々の喪失感も交じり合い、何とも言えない孤独感に満ち溢れた空気が漂う。こんな世界で彼が何を求め、何を感じ、何を見つけたのかが映画の核になっている。

『イントゥ・ザ・ワイルド』は1992年に実際に起こった出来事を、後にジョン・クラカワーによってまとめられたベストセラーになったノンフィクションの映画化で、感銘を受けたショーン・ペンが映画化権を取得して自らメガホンを握った作品である。ハリウッドの問題児と呼ばれた(今も?)彼が共感して執念で映画にした背景には、ショーン・ペン自身の心情にも重なり合う部分が大きかったのだろう。常にエキセントリックに見えた彼の心の中にも荒野が広がっていたのだろうと思える。アメリカの原風景のようなアラスカの荒野で撮影する彼の心の内にあったものは何だったのだろうか。

どこかアメリカン・ニューシネマ時代の作品に通じるような、インディペンデッドなロードムービーはハリウッド製とは一線を画する娯楽性のカケラもない映画ではある。しかし万人向けとは言えないものの、ショーン・ペンの押さえた静的な演出とエミール・ハーシュの体当たり演技もあり、誰もが抱える心の襞に刺さり込むような作品として印象に残る佳作になっている。

イントゥ・ザ・ワイルド.JPG


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「幸せの1ページ」 [映画(2008)]

別にファンって程ではないのだが、ジョディ・フォスターの出演作は結構な本数観ている。今回も特に観たいとは思っていなかったのだが、ポスターの彼女の笑顔につい惹かれて鑑賞することになった。普段はシリアスな感じが多いが、爽やかな笑顔は久しぶりのような気がしたし、ジョディが出る映画なら面白いかもと思えた。僕にとってジョディ・フォスターは「好き」よりも「信頼」できる女優ってことなのだ。

そのジョディ・フォスターが、10歳でアカデミー助演女優賞にノミネートされた『リトル・ミス・サンシャイン』の天才子役アビゲイル・ブレスリンと共演したのがこの『幸せの1ページ』。元天才子役対現天才子役の激突。こりゃ、面白くならない筈がないと思いきや…

イマイチ

だった。決してつまらない作品ではないのだが、さして盛り上がらず、ラストも「あれ、これで終わり?」って感じであっけない印象。実はこんな作品が一番記事にするのが難しい。

物語は、南海の無人島で暮らしている科学者の父(ジェラルド・バトラー)と娘のニム(アビゲイル・ブレスリン)。父は研究に没頭し、娘はオットセイ、ペリカン、トカゲ、海亀を友に伸び伸びと過ごしていた。ある日、ニムが大ファンの小説『アレックス・ローバー』シリーズの作者アレックス・ローバー(つまり主人公と作者が同名)からメールが届く。彼女らが暮らす島の火山について教えて欲しい、と。インディ・ジョーンズのようなアレックス・ローバーの作者であるアレクサンドラ・ローバー(ジョディ・フォスター)は実はヒーローとは程遠い引きこもりで神経質な女性で、次回作の執筆に行き詰っていた。火山での冒険活劇にしたため、詳しく知る必要があってメールしたのだった。そんな中、ニムからのメールで彼女の父が海に出たまま帰って来ず、彼女も火山を調べに行った時に怪我をしてしまい困っているので助けに来てほしいとメールが届く。責任を感じたアレクサンドラは南海の孤島に向う決意をするのだが、なかなか家の外に出られず…

ベストセラー女流作家が冒険の旅に出る、となると『ロマンシング・ストーン』を思い出すのだが、この『幸せの1ページ』はそんな大冒険にはならない分、いささか肩すかしを食った印象。主要人物3人が夫々の場所で別の体験をするのだが、お互いの絡みが殆どないのが盛り上がらない原因のひとつであろう。3つも話が同時進行すると、どうしても個々のエピソードの描き方が大まかになってしまい消化不良になってしまう。特に引きこもりのジョディ・フォスターが地図にも載っていないような辺鄙な孤島に辿り着くまでだけでも一本の映画が出来るくらいのものだと思えるが、案外しっかり着いてしまう。実際この前観た『Mr.ビーン』はそれだけで一本の映画にしてしまっている。

ちょっとあっさり味の(一応)冒険映画ではある。天才女優も二人出ている。それなりに観られる作品、って感じかな? でも天才女優よりもオットセイとか動物の演技の方が良かったりするので…

幸せの1ページ.JPG


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