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お宝じまん(その9)あの人がこんなことを? [映画-秘宝館]

喜談南海変化玉.JPG

中学生の頃から映画のチラシを集め始めた。何でもかんでも貰っている内に、後になってみればどうして手に入ったのか不思議なものも混じっていた。そんな中の1枚がこの『喜談 南海變化玉(きだん なんかいかわりだま)』。どう見ても自主映画なのに、その当時に人気のあった檀ふみが出演しているのが意外、くらいの認識であった。

で、かなり年月が経ってからこのチラシを眺めてみたら…

あら?

主役らしいこの男…

こいつ.JPG

大竹まこと!?

顔の横に名前がしっかり書いてあるんだから間違いなかろう。すでにテレビ等で有名になってから、この映画に出ていたことに初めて気がついた。「へぇ、こんなことしてたのね~」とビックリ仰天である(大袈裟だったかな)。

まぁ、お宝ってほどじゃないけど、珍品だと思いませんか?


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お宝じまん(その8) 大島渚監督 [映画-秘宝館]

PFF.jpgそれはまだ僕が学生で、友人たちと自主映画を創っていた頃のこと。友人Mの8ミリ映画がPFF(ぴあフイルム・フェスティバル)に入選したので、少しだけ手伝った僕も同行してイベントに参加した。そこでは最終審査が行われたのだが、僕はそれにはあまり興味がなく、楽しみは終了後のパーティであった。そこには審査員の面々も参加するため、有名監督と間近に会える大チャンスだったのだ。

僕の狙いは何と言っても大島渚監督。『愛のコリーダ』『愛の亡霊』でカンヌ映画祭を沸かせ、新作の『戦場のメリークリスマス』も話題になっていた。しかし僕にとっては名画座で観ていた『青春残酷物語』や『絞死刑』の方が「らしい」監督に思えていた。映画的な面白さよりも、着眼点や切り口に興味を惹かれ、主に文芸地下劇場で特集の上映を追いかけたものだ。

友人Mの作品は最終選考に残らなかった。がっかりするMを横目にいざパーティに突入。この時のために古本屋で探し出した、大島監督1969年度作品『少年』のパンフ(アートシアター69号)を鞄に潜ませチャンスを窺った。しかし、どちらかと言えばオタク系に近い面々の集まりで、あまり有名な監督に近寄ろうとする人間がいない。こうなるとかえって近づき難いもので、話しかけるには勇気が必要だった。しかし振り絞って声をかけてみた。

「あの、これにサインいただけますか」と古びた『少年』のパンフを差し出してみた。大島監督はそれを見ると「随分古いもの持ってるねぇ」と少し驚いたように語りかけてくれた。「はぁ、まぁ…」

「はぁ、まぁ…」じゃなかろう、昔の俺!

緊張で何とも情けない受け答えしかできなかった。僕は快くサインしていただいた大島監督にお礼を言ってその場を立ち去った。せめて「『絞死刑』が(大島監督作品の中で)一番好きです」くらいは言えなかったのだろうか。後にも先にも大島監督に会えたのはこの一度きり。何でもう少し気の利いた会話ができなかったものかと、思い出すたびに後悔する。

ちなみに一番好きな『絞死刑』のパンフも古本屋で購入して持っていたのだが、白い部分の多い『少年』のパンフの方がサイン映えするだろうという判断でこちらにしたのだった。

それにしても…(と、また後悔)

少年パンフ.JPG


タグ:大島渚
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お宝じまん(こどもの日記念・番外編) 「ガメラ対深海怪獣ジグラ」 [映画-秘宝館]

ガメラ対深海怪獣ジグラ表紙.gif

僕が子供の頃、第何次かの怪獣ブームだった。映画ではゴジラ、ガメラのシリーズ。テレビでもウルトラマンのシリーズを筆頭にしたスーパーヒーロー物が放映されており、どっぷりとブームの渦の中に嵌っていた。

それは1971年の夏休みのこと。父にねだって怪獣映画を観に連れて行ってもらえることになった。父は東宝の『ゴジラ対ヘドラ』か大映の『ガメラ対深海怪獣ジグラ』のいずれかにしろと選択を迫り、僕は少し迷ってガメラを選んだのだった。

前振りが長くなったが、今回のお宝じまん企画の逸品は、その時に購入したのかタダで貰えたのかは記憶が定かではないのだが、とにかく劇場で入手した漫画の冊子。おそらくこれが子供相手なのでパンフレットの代わりという扱いなのだと思う。長い年月が経ち、紙も漫画雑誌と変わらないため、かなりボロくなってしまっているが、何とか本の形体は維持している。

ガメラのマンガ.JPG

何たって僕にとってはアニメ以外で初めて観た作品である。あの映画館でのワクワク感の記憶とともに(八並映子の宇宙人がやけに色っぽかった記憶も多少あり)忘れられない映画であり、その記念の品なのである。

それにしても子供の頃にさんざんガメラの絵を描いたので、今でも何も見ずにスラスラ描けてしまうのは、我ながら凄いことだと思う。但しあまり上達はしていないのだが…

ガメラ.gif


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お宝じまん(その7) ジャンヌ・モロー [映画-秘宝館]

思春期前売りB.JPG

1985年6月2日、『第1回東京国際映画祭』の協賛企画であった『カネボウ国際女性映画週間』でジャンヌ・モローが監督した『思春期』という作品が公開され、本人も来日して舞台挨拶することを知り、「あの大女優に会えるのではないか」と思い、チケットを速攻で買い求めて勇んで観に行った。

何しろ随分前の出来事なので、あまり明確には覚えていないのだが、確か上映前にジャンヌ・モローが壇上に立ち挨拶してから映画が始まったと記憶している。過去の名作に出演していた頃に比べて、すっかりオバサンになって体型も崩れていたが、伝説の女優のオーラはしっかり放っていた。映画は思春期の少女が大人になっていく様子を繊細に描いた作品だったと記憶している(それだけかい)。

上映が終わり劇場を出てもジャンヌ・モローの姿は当然なかったのだが、何となくその場を立ち去り難く、しばらく周辺をうろついていたら、何とジャンヌ・モローが歩いて来た! 間近で見る彼女は思ったよりも大柄で威圧感があった。それでも勇気を振り絞って、横に通訳の人がいたのをいいことに話しかけてみた。「先程あなたの作品を観た者ですが、主演の女の子が素晴らしかった」ってなことを言ってみると、大層喜んでくれて握手をしてくれた。その時、サインをお願いしたら快く受けてくれた。該当ページを開こうかと思ったのだが、頭の中がパニックだったので、そんな余裕はなく表紙にしてもらった。何たって『死刑台のエレベーター』や『突然炎のごとく』を始め、数々の名作に出演した大女優と対峙しているのだから、緊張するなと言う方が無理である。

自分的にはこのサインはお宝中のお宝。今から思えば大女優と会話して握手したなんて信じ難いが、それを証明する逸品である。

ジャンヌモローのサイン入りパンフ.JPG


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お宝じまん(その6) 赤塚不二夫&『下落合焼とりムービー』 [映画-秘宝館]

赤塚不二夫の漫画が好きだった。『おそ松くん』に始まり『もーれつア太郎』『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』と途切れることなく雑誌で読み、テレビのアニメを観ていた。絵を描くのが子供の頃から好きだったので、随分赤塚不二夫のキャラを真似して描いたものだ。だから数十年経っても僕の描く人物はどことなく影響が残っているように思える。

1979年6月某日、新聞広告で憧れの赤塚不二夫のサイン会が行われる告知を目にした。あの赤塚先生のサインがもらえるのかと胸が躍った。記憶が曖昧なのだが、場所は西武新宿駅の駅ビル内にあった書店であったと思う。出版されたばかりの単行本を買えばサインがもらえる旨が書かれていた。

6月16日当日、かなりドキドキしながら時間の10分前に書店に着くと、案外店内は閑散としており、並ぶ覚悟をしていたのに拍子抜けした覚えがある。ただ、長机に椅子が3脚用意されていたので「?」と思いながら単行本を購入した。

赤塚不二夫01.JPG

時間になり赤塚先生登場。しかしその後に怪しげな男と美しい女性がついてくる。しかも、その2名とも赤塚先生の横にちゃっかり座ってしまったではないか。

これはど~ゆ~こと?

と思った時に店員から説明が。赤塚先生が企画、脚本、そしてポスターを描いている、次週公開になる映画『下落合焼とりムービー』のキャンペーンで、監督の山本晋也とヒロインの司美穂のサイン会も行うというのだ。

いらね~よっ!

と思ったがサイン会は開始され、整理番号「2」の僕の順番は直ぐやってきた。本当は「赤塚先生のサインだけでいいです」と言いたかったが、気の弱い僕は当然そんな事は言えず、表紙を開けたところに赤塚先生のサインとバカボンのパパのイラストと共に山本晋也と司美穂のサインも入れられてしまった。

赤塚不二夫02.JPG

かくして、赤塚先生の単行本なのに余計なオマケつきという、何とも中途半端なサイン本の出来上がり。当時の山本監督は未だテレビでレポーターをしていなかったので、どこの馬の骨とも分からぬ怪しい奴でしかなく、本当にいらないサインであった。司美穂に至っては、その後姿を見た事は一度もない。

結局赤塚先生にお目にかかれたのはこの一度っきり。『下落合焼とりムービー』は未だに観ていない。いや、深夜にテレビ放映(確かテレ東)した時、あまりにもくだらなかったので5分で観るのを止めたんだっけ。今にして思えば、なかなか豪華なキャスティングなのだが、当時は主演の所ジョージだって新進のタレントだったし、他の出演者も多くはマイナーな存在だった。

まぁ、それでも思い出に残る出来事ではあった。長く病に倒れている赤塚先生の復帰を祈りながら、最近DVD化された『下落合焼とりムービー』をちゃんと観てみようかと思っている。

下落合焼とりムービー

下落合焼とりムービー

  • 出版社/メーカー: 東映ビデオ
  • メディア: DVD

追記


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お宝じまん(その5) 実相寺昭雄監督 [映画-秘宝館]

実相寺昭雄監督が11月29日に亡くなった。享年69歳だった。

実相寺監督と言えば『ウルトラマン』シリーズ、『怪奇大作戦』と一連の円谷プロ制作の特撮テレビドラマの印象が強い。子供向けの番組でありながらヌーベルバーグのような斬新な映像、掟破りな宇宙人の扱い方と、大人の鑑賞にも充分耐え得る作品を送り出した。『怪奇大作戦』では多くの人が傑作と認める『京都買います』は確かに素晴らしかった。尤もリアルタイムで観た時には、この作品の良さは分からなかったものだが。

テレビでの評価が高まり、やがて実相寺監督は映画界に進出する。しばらくはATGで地味に作品を創っていたが、やがて大作も手がけるようになった。しかし、必ずしも映画作品の評価は高くない。いや、はっきり言えば低かった。

ところが監督としての人気は下がらなかった。それはテレビでの名作の数々を知っているファンが「いつかは映画でも」と思い、期待を込めて劇場に足を運び続けたからだ。そして、その度にがっかりさせられたものだが、実相寺監督はファンから見捨てられることはなかった。それ程テレビ作品の印象は強かったのだ。

子供の頃に手持ちカメラ、逆光、パンワイプなど斬新な手法を教えてくれた意義は大きく、恐らく40歳前後の映画作家で彼の影響を受けていない人は少ないのではなかろうか。

上のサインは『帝都物語』の公開初日に日比谷のスカラ座に観に行き、パンフにサインを頂いたもの。その時の穏やかで気さくな感じから、恐らく大勢の人に気軽にサインしていたと思われるので、それ程珍しいものではないだろうが、僕にとっては充分お宝なのである。


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お宝じまん(その4) 岩井俊二のチラシ [映画-秘宝館]

『虹の女神』の監督・熊澤尚人、プロデュース・脚本(網野酸は彼のペンネーム)は岩井俊二。ともに大学で自主映画を作っていた。だから映研の雰囲気がよくでていたのだろう。パンフレットによるとフジのシングル8のカートリッジにコダクローム40を入れ替えるのは岩井俊二がやっていた事だとか。(でも劇中の8ミリ映画、案外きれいに撮れてなかった。やっぱりコダクローム40にはキャノンのレンズでしょう!)

自主映画の上映会で定番の会場は恵比寿にあったスペース50。ここで頻繁にいろいろなグループの上映会が行われていた。その会場にはおびただしい数の自主映画のチラシが置いてあった。たまに顔を出した度、そのチラシの中から良さげなのを持ち帰っていて、その数は100枚を超えるほどになっていた。

昨年、引越しした時、そのチラシの束をある程度処分しようと思い、一枚一枚見ていく中に驚きの一枚があった。

岩井俊二監督作品『レム』

当時の自主映画界(そんな狭いような広いような世界があったのだ)では特に注目された存在ではなかった彼の映画のチラシを持っていた自分に驚いてしまった。きっとデザインが良かったのと、他とは比べ物にならないくらい良い紙を使っていたので持ち帰ったのだろう。

このチラシがいったいどの位の価値があるのか分からないが、たぶん現存する枚数はかなり少ないだろうと思われる(何枚刷ったか分からないし)。

 


タグ:岩井俊二
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お宝じまん(その3) 第2回東京国際映画祭 [映画-秘宝館]

それは今から19年前の1987年10月4日、第2回東京国際映画祭の最終日、当時のコンペティション「ヤングシネマ」の授賞式とクロージング作品『ラストエンペラー』上映前の出来事。場所は、初期の東京国際映画祭のオープニングとクロージングの会場であった渋谷のNHKホール。

既に開場し、授賞式が始まる2,3分前、ロビーでぼんやり時を待ち、「さぁ、そろそろ」と思った瞬間、玄関前の階段を必死な形相で駆け上がってくる小柄な白人男性の姿が目に入った。

あまりにも必死な姿であったため、映画祭の関係者が遅刻寸前で、大慌てでやって来たのかと思った瞬間、入場したその男に駆け寄りサインを求める観客がいた。

あれ?有名人?

何だか分からないけど、千載一遇のチャンス? と、僕もその次にサインしてもらおうと近寄ってみた。プログラムにサインしてもらおうと思ったのだが、誰だか分からないので該当頁を開くこともできない。余裕のないその男を前に、時間を空けると逃げられてしまうと思った僕は、一番無難で誰でも通用する表紙にサインしてもらうことにした。

男はサラサラとミミズが這ったようなサインを書くと、あっと言う間に立ち去ってしまった。

いったい誰よ?

それはサインから判断するしかないと思い、改めて眺めてみる。最初の「A」と真ん中の「P」は直ぐ分かった。後は途中である…。

あっ!

と思わず声が出そうになってしまった。

これって、アラン・パーカーでしょ!?

彼はその年の審査員のひとりとして来日していたのだ。大好きな『ミッドナイト・エクスプレス』『バーディ』の監督、アラン・パーカーのサインを図らずももらってしまった!?

こうしてまたひとつ、予期せぬお宝が増えたのであった。

      (たぶん)アラン・パーカーのサイン


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お宝じまん(その2) の・ようなもの [映画-秘宝館]

前の記事もそうだったが、この映画も観たのは渋谷だった。渋谷で映画を観ることは少ないのだが、映画祭他イベント等が多く、想い出に残る事が多い。

の・ようなものこの映画も今は無き渋谷駅前の東急文化会館6階にあった東急名画座(当時の名称)で観た。しかも初日に! 何せ1981年9月12日の出来事である、詳しくなんて覚えていない。ただ、この映画は画期的だと感じたことは覚えている。この頃の日本映画で、これだけ軽~~~いタッチの映画が作られた事が奇跡的に思えた。シロート感丸出しの、あまりにも等身大な8mm映画的な作品は「ありえない」ものであった。そして大袈裟に言えば日本映画の新たな時代の到来を予感できる作品であった。

ある意味破天荒なこの映画、面白かったのは役者全員シロートっぽい中、加藤治子さんが映画に登場するや、場内からどよめきが起こったこと。そのどよめきの大きさに、場内の観客がもう一度大笑いになった。あとスクリーン横(じゃなかったかもしれない)にあった、パチンコ屋の開店のような祝い花は異彩を放っていた。

で、お宝だが、その時購入したパンフレットである。この日のパンフレットには、あり難いことに主演のシントトこと伊藤克信氏のサインが漏れなく入っていた。そこに日付も入っていたので、この映画を観た日が正確に分かったのだ。その時、売り子の女性が「サイン無しがよろしければ、そちらもあります」と何度も言っていたのも笑えた。

 ←伊藤克信氏のサイン入りパンフ。貴重品!!(希少品!?)


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お宝じまん(その1) キン・フー監督 [映画-秘宝館]

前の記事『楽日』の映画館で上映されていたのは、キン・フー監督作品『龍門客賤(邦題:残酷ドラゴン 血斗竜門の宿)』で1967年に作られた武侠映画の傑作なのだが、これは残念ながら観ていない。

キン・フー監督の作品は3本観ているのだが、中でも一番思い出深いのが『山中傳奇』。3時間の大作(2時間程度の短縮バージョンもある)でありながら、全く退屈する事無く、中国古代の『雨月物語』にも似た壮大な怪奇物語に酔った。

この映画を観たのが「ファンタスティック映画祭」(確か第1回目)で、場所は取り壊されるずっと前の渋谷パンテオン。映画祭なので、キン・フー監督も来日し、映画の上映前に舞台挨拶があった。舞台挨拶が終わって、本編上映までに少し時間があったので劇場の横通路に出てみると、舞台袖の控え室に列ができている。それがキン・フー監督のサインを求める人の列であることがすぐ分かり、あわてて自分の席に置きっぱなしにしたパンフレットを取りに戻り、再びその列の最後尾に並んだ。間もなく僕の番になり、キン・フー監督の前へ進む。監督は椅子にどっかと座り、テーブルに置いてあった硯で墨をつくると、筆で頁の左隅にサインしてくれた。

近くで見るキン・フー監督は、さすがに数多くの映画賞を受賞している巨匠らしく、威厳があり、オーラを発していた。その雰囲気に呑まれた僕は、一礼するとそそくさと監督の前から立ち去った。今思えば「ありがとうございました」くらい言えればよかったのだが…。

『楽日』を観て久しぶりにその時の記憶が蘇った。キン・フー監督も既に故人となっている。彼にもらったサインは『山中傳奇』の記憶と共に僕の大切なお宝のひとつである。

 ←キン・フー監督のサイン


タグ:キン・フー
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