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「崖の上のポニョ」 [映画(2008)]

まぁ、公開が始まってひと月以上経った今頃観たわけです。何しろ混んでいる映画館が嫌いなモンで、夏休みが終わって子供がいなくなった時期を狙ったために、「何を今さら」なタイミングになってしまった。大ヒット映画なので、僕の周りでも既に観た人は多数いる。数人にどうだったか、感想をサクッと聞いてみた。何でも「良かった」と言うM嬢やN嬢は置いといて、気になった意見がふたつ。会社の同僚で才媛の誉れ高いK女史曰く「分らないところがあったので、もう一度観てから言います」とのこと。そして長年の映画の友Oさんは「う~ん…フェリーニ…」

な、なんなのこの反応は? 難解ってこと?

多くのブログでの反応も千差万別、賛否両論。これは相当気合を入れて、体調も整えて観ないと負けだ、と緊張しながら劇場に向ったのだったが…

多少ネタバレ含むので、つづきはこちら


タグ:宮崎駿
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「ベガスの恋に勝つルール」 [映画(2008)]

キャメロン・ディアス主演のコメディとなれば、もうそれだけである一定の作品レベルは保証されたようなもの。そんな意味では映画の内容以上に役者の名前で客を呼べる、数少ない文字通りのスター女優である。そしてそれがワールドワイドな規模になれば唯一無二の存在なのかもしれない。

しかし、彼女の主演作は大きな話題になるような内容ではないため、「映画は観たいけど、そんなに観たい作品がある訳ではない」みたいな時に重宝する存在でもある。嘗てのゴルディー・ホーンがそうだったように、活躍している時は案外軽んじられているけど、主演作が途絶えてしばらくしてからそれに気づいて、初めてありがたみを知る…そんな評価しにくい女優でもある。

さて『ベガスの恋に勝つルール』だが、キャリアウーマンのジョイ(キャメロン・ディアス)は婚約者に振られてしまい、傷心を癒すために友人と共にベガスへ遊びに出かける。同じ頃、社長の息子のジャック(アシュトン・カッチャー)は劣悪な勤務態度のせいで父親からクビを宣告され、弁護士の友人と共にひと山当てるためにベガスに向う。この2組がホテルのフロントの手違いで同部屋にされてしまう。ひと騒動の後、ホテルと交渉してペントハウスの部屋を二つ確保する。それをきっかけに4人でベガスを楽しむことになる。泥酔して大暴れしたジョイが目を覚ますと、ジャックとベッドを共にしたことが分る。さらには酔った勢いで結婚までしていたことも判明。素面になったジョイが別れ話を切り出すとジャックもこれを了承。別れ際にジャックがジョイの25セントでスロットを回してみたら、これが300万ドルの超特大の大当たり。お互いに自分のものだと主張するジョイとジャック。ここから友人二人も巻き込んだ、可笑しくも骨肉の争いの始まり始まり…というお話。

いやいや、これが面白かった。男女が共同生活する時にお互いの嫌がることを逆手にとった攻撃やら、色仕掛けやら、とあの手この手の嫌がらせ合戦が可笑しい。キャメロン・ディアスは相変らずの好色お下品パワー炸裂なのだが、彼女が演じると嫌味にならないのが人気の秘訣だろうか。今回も期待を裏切らないサービス満点の作品である。

それにしてもキャメロン・ディアスのデビュー作『マスク』で稀代のコメディアン、ジム・キャリーの「お相手」を務めた時に、まさか彼女が同じ域に達するなんて思いもよらなかった。今、この二人が共演したら、いったいど~なっちゃうんだろう?

ベガスの恋に勝つルール.JPG


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「赤い風船」 [映画(2008)]

赤い風船.JPG話に聞いて、ずっと以前から観たいと思っていた『赤い風船』。版権の関係でリバイバル公開はなく、ソフトにもなっていなかったらしいが、ようやく問題をクリアして劇場で観られることになった。しかもこの映画を監督したアルベール・ラモリスの『白い馬』と2本立。

『赤い風船』は1956年のカンヌ映画祭でパルム・ドール、『白い馬』は1953年のカンヌ映画祭でグランプリを受賞している名作中の名作。36分と40分の短編でありながら受賞したのは快挙だったんじゃなかろうか。2本とも台詞が殆どない映像だけで表現している映画の原点ともいえる作品。この瑞々しさは50年以上経った今でも色褪せていない。映像詩と呼ぶに相応しい作品であった。

既に作品の評価は定まっているし、予備知識無く白紙の状況で観たほうがよいと考えるので、あまり詳しいことは書かないでおく。なので、ちょっと気がついたことをひとつだけ。『赤い風船』はパリの街の素晴らしい風景をロケーションで撮っているのだが、主人公の少年が立ち寄る、街を見下ろすような高台にあるパン屋をどこかで観たような気がしながら観ていたのだが、閃いてしまった。…『魔女の宅急便』! これが立地条件といい雰囲気といい、かなり似ている。宮崎駿監督がこの作品に影響を受けていても何ら不思議ではなく、オマージュを捧げていたのではないかと考えれば、より親しみの持てる作品じゃないだろうか。

『赤い風船』はストーリーを追うことばかりが映画じゃないことを証明した作品。必見!


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「同窓会」 [映画(2008)]

同窓会チラシ.jpg映画プロデューサーの南(宅間孝行)は若手女優と不倫関係にあり、妻の雪(永作博美)に離婚を持ちかけるとあっさり承諾される。南は若手女優と同居を始めるが、すぐに次の作品のロケの手配のため故郷の長崎県島原市に向う。母校や実家に立ち寄った南は、高校時代のことを思い出す。それは片思いだった雪との甘酸っぱい出来事の数々。あれほど恋焦がれた雪だったのに…。そんな中、雪の親友で高校の同級生だったえり(鈴木砂羽)から連絡が入る。雪の体に異変が起こり入院し、どうも深刻な状況であるらしい、と。動揺する南に追い討ちをかけるように自分の会社に危機が迫っていることを知るが、雪への想いで仕事に専念できない。南は雪が高校時代から今に至るまで自分より好きだったはずの中垣を探し始め、同窓会を開いて雪と中垣を会わせてあげようと奔走するのだが…というお話。

以前記事にした大林宣彦監督作品の『なごり雪』(→こちら)でベンガルが演じた役を主人公にしたような物語で、とってもいい話だった、途中までは。でも、よりによってクライマックスで「おいっ、そりゃないだろう」的なオチに

ぐぁ~~~~~っくり。

切ない展開にウルウルしていて、あとひと押しされたら号泣必至だったし、斜め前に座ってたオジサンは既に涙を拭ってる状況で、あんな安直で小ネタなオチはないだろう、と言いたい。コントの決めにかかる「チャン、チャン」ってのが聴こえてきそうだった。僕もいろんな映画を観てきたけど、最後の最後でこれ程までに急降下した作品も珍しい。こんな話にウルウルしたり泣いたりした自分が恥ずかしい。多分斜め前のオジサンも同じ気持ちだったろうことは間違いないし、僕より泣いていた分、更に恥ずかしかったことだろう。何だかこちらの気持ちをいいように弄ばれたような感じで、すっごく不愉快。しかし強度の脱力感で、怒る気力も失せてしまった。

いや、前半は「その」可能性もあるんじゃないかとは多少は思っていた。だけど幾らなんでもこんな小ネタでずっと引っ張りはしないだろうし、そんな映画をオジャンにするような馬鹿な真似はしないだろうと、途中で「その」可能性は捨てて物語にのめり込んだのだが…最後の最後で「それ」かい…と、クドイくらいに拘ってしまったけど、夢オチに匹敵するくらい(それ以上?)の脱力感である。

それにしても役者は良かった。出番は案外少ないけど、永作博美は今回も自然体な感じが素敵で、彼女が出ると映画がワンランク上がるような印象を受けた。それから彼女の高校時代を演じた尾高杏奈が爽やかで、いかにも「初恋の君」に相応しい魅力的な少女ぶり。回想における彼女の比重が映画全体の多くを担っており、それだからこそ切ない作品になるはずだったのに…と悔やまれてならない。主演の南を演じたのは宅間孝行。監督・脚本のサタケミキオは彼のペンネーム。つまりひとり3役の奮闘だったのだが、不愉快なのでそれ以上は触れないでおく。

それにしても悔やまれる作品である。もっともオチがなくても画像が荒くて安っぽく見えるのはいただけなかったが、話の良さがカバーしてたので好感を持っていたんだけど、何なんだよあのオチはっ! (エンドレスになりそうなので、これでお終い)

同窓会.JPG


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「俺たちダンクシューター」 [映画(2008)]

実はアメリカのプロスポーツが好きで、BSで放送される時は結構観ている。アメリカで人気があるのは、一般的に4大スポーツと呼ばれているもので(これにカーレースを入れて5大スポーツと呼ぶ場合もある)、野球(MLB)、アメリカンフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)、アイスホッケー(NHL)ということになる。僕はMLBとNFLが特に好きなのだが、この『俺たちダンクシューター』のバスケットボールはそれほど詳しくはない。

何でも1970年代にNBAに対抗して実在したABAというバスケットリーグがあったそうで、この映画のフリント・トロピックスもそのABAに加盟していたチーム(実在はしなかった)という設定である。実力は無く、最下位街道驀進中のトロピックスであったが、趣向を凝らした見世物で何とか観客を呼ぼうとしてはいるが客席は閑古鳥が鳴いている。チームの中心選手は一発屋の歌手で、歌の儲けを元にチームを興し、オーナーとコーチも兼務するジャッキー・ムーン(ウィル・フェレル)。ある日、リーグのオーナー会議が行われ、ABAはNBAに吸収されるとオーナーから告げられる。これでNBAに入れると大喜びするジャッキーであったが、NBAに入れるのはネッツ、ナゲッツ、スパーズら優良4チームだけで、他は解散しなくてはならないと説明され大激怒。結局ジャッキーの提案でシリーズの成績の上位4チームということになった。張り切るジャッキーは早速元NBAセルティックスに所属していたエド・モニックス(ウディ・ハレルソン)をチームに迎え入れる。しかし今までいた選手との不協和音が起こり、さらにエドは万年ベンチウォーマーだったことも判明。コミッショナーからはホームで常に2000人以上の観客が集めることが必要と追加条件も出された。それからジャッキーの涙ぐましい観客動員のためのイベント作戦が始まる。果たしてトロピックスは4位までに食い込めるのか、さらに観客でアリーナを埋めることができるのか…というお話。

以前から「アメリカのスポーツ物にハズレなし」と思っていた。この作品も大袈裟に描かれてはいるが、実際にあったようなことに取材し映画にしているらしく、馬鹿馬鹿しくも必死な姿に、爆笑と同時に哀愁も感じられる。そして最後には応援せずにはいられなくなる。チーム全体にスポットが当っているので、決してウィル・フェレルのワンマン映画にはなっていないが、彼の個性を活かしたアメリカらしいカラッとしたコメディに仕上がっている。そして更に言えば、NBAに興味がある人なら一層楽しめると思う。あのスパーズがこんな連中と一緒にやってたんだ、と思うだけでも可笑しい。

それにしても北京オリンピックのバスケットの試合は全く無視されてるよなぁ。NBAのドリームチームが出場してるはずなんだけど…

俺たちダンクシューター.JPG


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「きみの友だち」 [映画(2008)]

きみの友だち01.JPG重松清の小説が好きで、すっかり読書しなくなってしまった今でも、彼の作品だけは割りと読んでいる。僕は重松清の作品を読む度に、同世代的なものを強く感じる。登場人物や物語に登場するアイテムとか彼が言いたいことなど、とにかく細かいニュアンスまで「分かる」気がするし、共感するところも多い。しかし、この『きみの友だち』は原作の小説は読んでいなかった。映画を観る前の予備知識は原作が重松清ということだけ。単純に重松ブランドを信用して観ることにしたのだった。原作をヘンにいじらなければ間違った映画にはならないだろうと思えた。もっとも『ヒナゴン』なんて失敗作もあったけど。

この作品は20歳になってフリースクールで絵を教えている和泉恵美(石橋杏奈)が、取材に来たフリーライターの中原(福士誠治)にいろいろと質問されている内に過去の回想になる構成になっており、夫々のエピソードと現在の恵美と中原のドラマとを行ったり来たりする。回想は、

10歳の恵美と由香が仲良くなっていくエピソード

恵美の中学校の同級生ハナ(吉高由里子)が友だちに彼氏ができて寂しい思いをする話

恵美の弟ブンちゃん(森田直幸)の幼馴染の中西君が、ブンちゃんと疎遠になっていくのを寂しく思っている話

ブンちゃんが所属するサッカー部で万年補欠だった佐藤先輩(柄本時生)が、何かと後輩にちょっかいかける話

中学生の恵美が病気で入院している由香(北浦愛)を彼女の誕生日に見舞う話。そして…

といった物語が展開される。夫々の話は一応恵美で繫がってはいるものの、お互いの関連性は殆どなく、独立したエピソードになっている。したがって短編を集めたオムニバスのような形式の作品である。

やはり原作の力が強いのか、夫々のエピソードが良い。最初の少女時代の話では、自動車事故で足が不自由になってしまった恵美と元々体が弱く学校を休みがちな由香が、クラス対抗縄跳び大会で跳べないという理由で縄を回す係になり、二人っきりで練習する様子が健気で物寂しい。なかなか息が合わず、縄が上手く回らない二人の様子を引きのアングルで撮った廣木隆一監督の演出も適切。今後二人に起こるだろう事も予測でき、最初から泣けてしまった。

そこから話は別の人間が中心になるエピソードが続き、観ているこちらは最初は戸惑うのだが、どれも面白いエピソードなので興味は途切れない。そして最後の「もくもく雲」…

ただしこのようなエピソードを並べた串団子のような構成は映画のパワーを弱くするように思える。夫々のエピソードの主人公達はそれっきりで、最後のエピソードに向けて集結するという流れではないため、クライマックスの感動も大きな波が起こるまではいかないのが残念。日本の興行形態では無理だと承知で言うが、短編として独立した作品で見せてくれた方が良かったように思える。話がいろいろ入ってくると余韻に浸る間もなく次、という感じになってしまう。

とは言え、良心的な作品であることは間違いない。主演の石橋杏奈は14歳から20歳までという難しい演技を良くこなしていたと思う。柄本時生は出れば印象に残る役者で目が離せない。その他若手の有望株が何人も出演しているので、そんな観点でもお薦めしたい作品である。

きみの友だち.JPG

そういえば、何年か前に重松清の『流星ワゴン』を映画化する話があったと記憶しているけど、いったいあれはどうなったんだろうか?


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「インクレディブル・ハルク」 [映画(2008)]

このブログに長くお付き合いいただいてる方には「またか」と思われてしまいそうだが、空いた時間があったのでシネコンに飛び込み、丁度時間がピッタリだったのがこの『インクレディブル・ハルク』だったので、特に期待することもなく観ることにした。

『インクレディブル・ハルク』なんてやけにカタカナがずらりと並んだタイトルだが、何たって『超人ハルク』な訳で、完全にナメて席に着いた。テレビも含めて、いったい何度目の実写版なんだろうか。結局映画では決定版と呼べるものがなかったので繰り返し創られているのだろうか。何度も何度も創られる背景には、それ程このハルクがアメリカ人に愛されているということなのか。僕なんかはマーベルコミックスの中では一番イモっぽいキャラに思えてしまうのだが。

さて、映画『インクレディブル・ハルク』について。冒頭、ハルクの誕生までがかなり端折られて紹介され、実際にドラマが始まるのは、自分の体を実験台にしてしまったため、心拍数が200を越えるとゴリラのようなモンスター(ハルク)に変身してしまうようになってしまったブルース(エドワード・ノートン)が、追っ手から身を隠しているブラジルのリオ・デ・ジャネイロのシーンから。山を覆うように密集した広範囲のスラムの空撮が素敵で、舞台設定としても高低差のある迷路のような細い路地がとても面白く、物語が端折られたことなど全く気にならず映画の世界に引きずり込まれた。この様子の描写がハリウッドっぽくない印象を受けたので後で調べてみたら、監督のルイ・ルテリエはフランス人だった。やはりこのセンスの良さはおフランス人ならではなのだろうか。このリオのスラムを舞台に最後までいってくれてもいいと思ったが、さすがにそうはいかない。自分の体を元に戻したいブルースはアメリカに戻り、恋人の科学者のベティ(リヴ・タイラー)と再会したりして、で最後は『サンダ対ガイラ』(分かる人にしか分からないだろうな~)。

監督のルイ・レテリエの真面目な仕事ぶりと、主演のエドワード・ノートンの好演もあって、最後まで楽しんで観ることができた。最近のマーベルコミックスの映画化された作品の中でも出来の良い方ではないだろうか(って半分くらいしか観てないんだけどね、言っちゃった)。後はこのB級っぽいハルクのキャラクターをどう思うか。

アメコミの映画化は食傷気味って人もいるかもしれないけど、拾い物の一本だと思う。さて、次はバットマン(『ダークナイト』)にアイアンマン。確かにアメコミの映画化が多すぎるような気もするけど…『ダークナイト』は凄く面白そうなんだよな…

インクレディブル・ハルク.JPG


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「ハプニング」 [映画(2008)]

凄い映画だった。現在の人類が置かれている状況をイメージ化した、実に恐ろしい作品である。

ニューヨークのセントラルパークで始まった人々の異変。近くの工事現場で次々と自殺者が出てしまい、やがて街中に自殺の連鎖が起こった。これがテロによるものと報じられ、理科教師のエリオット(マーク・ウォールバーグ)が勤めるフィラデルフィアの学校も臨時休校となる。エリオットは妻のアルマ(ズーイー・デシャネル)と共に、エリオットの同僚の数学教師とその娘と駅で合流し郊外に向おうとする。彼らを乗せた列車は発車したものの、途中の田舎町でストップしてしまう。近くのレストランに入り、テレビなどの情報で、自殺の連鎖は東海岸一帯に広がっていることを知る。数学教師は遅れてくるはずだった妻が心配になり、娘をエリオットに任せ、ひとりプリンストンに向う。今いる場所も危険だと分かったエリオットたちは親切な農家の車に同乗し、安全地帯を目指すのだが、行く先はどこも酷い状況だと知る。行き場の無くなった彼らは草原を彷徨い始めるのだが…というお話。

この作品はM.ナイト・シャマラン監督が考えている末期的とも思える地球環境に対するイメージを映画化したものだと思う。映画中では明確にされないが、暗示している植物による人類への排除行動は、破壊してしまった自然によって人類受ける影響の象徴として描かれているものであろう。結局自然界のバランスを乱す人間からこの世には存在できなくなってしまうという考えがM.ナイト・シャマラン監督の思い描く未来であり、それはかなり絶望的であるとの思いが彼にはあるのだろう。

(以下ネタバレ)


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「カンフー・パンダ」 [映画(2008)]

ポーニョ ポニョ ポニョ…

ポーニョ ポニョ ポニョ…

ポーニョ ポニョ ポニョ…

『崖の上のポニョ』を観て、この主題歌のフレーズが頭にこびりついて不眠症になった人続出…

そんな恐ろしい映画観られません!

ってことで同じアニメーション映画の『カンフーパンダ』を観ることにした(何じゃそりゃぁ)。

Kung Fu Panda [Music from the Motion Picture]メタボ体型でドン臭いパンダが、ひょんなことで伝説の竜の戦士に指名されてしまい、恐るべき敵と戦わなければならない運命になってしまい…という物語。細かく書かなくても大体想像つくと思う。楽しかったし、気楽に観ればいい映画。

この作品は多分創り手が楽しんで創った映画だと思う。ジャッキー・チェンやジェット・リーのカンフー映画が好きで、自分でも創りたくなったという単純なところからスタートしているように感じられた。主人公のパンダが太っていることを強調しているところからサモ・ハン・キンポーがモデルなのかもしれない。

それにしても声優があまりにも豪華で、普通の実写映画でもこんなには揃わないかもしれないと思える凄さ。主演のパンダのポーにジャック・ブラック。師匠のシー・フー老師はダスティン・ホフマン。その他アンジェリーナ・ジョリーやルーシー・リューも出ており、更には現在カンフー映画といえば…のジャッキー・チェンも出演している。これだけ豪華な組み合わせなら、なるべくなら字幕版で観てもらいたい。特にジャック・ブラックは脚本段階から彼を想定して創られたと思えるくらいピッタリなキャスティング。彼の芸達者振りが堪能できる。

案外久しぶりのカンフー映画。尤も『少林少女』ってのもあったけど、あれは…だからね。


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「スピード・レーサー」 [映画(2008)]

Speed Racer [Original Motion Picture Score]子供の頃に観た『マッハGoGoGo』がアメリカで人気になっていると聞いたのが数年前のこと。はっきり言って「何で今さら」と思っていたら、『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟によって映画化されると聞いて二度ビックリ。時代も国境も越えてしまった『マッハGoGoGo』。いや、アメリカのタイトルは『スピード・レーサー』。日本人でもすんなり受け入れられる単純なタイトルで、それも良し(まさか主人公の名前だとは思わなかったが)。

正直に言えば『マッハGoGoGo』はそれ程好きなアニメ番組ではなかった。だからリアルタイムに観たっきりで、実に約40年(!!)ぶりにアメリカ映画として再会することとなった。何しろ相当な年月が経っているので、どんな話だったか忘却の彼方であったのだが、プラモデルを作ったことのあるマッハ号のデザインと、キャラクターが日本人離れしていたことと、「かっぜっも~ ふ~るえ~る ヘアピンカ~~ブ~」って主題歌は覚えていた。だから、今回は単純に懐かしがれればいいや、くらいの気持ちで鑑賞することにした。おまけに劇場に着いたら直ぐ始まるのが日本語吹き替え版で、「元々アニメなんだからそれでもいいや」と悩まずに席に着いた。

全く期待していなかったと言えば嘘になるが、アメリカンなタッチに変わっているのだろうと諦めていたのだが、それは始まって直ぐに覆された。

『マッハGoGoGo』のオリジナル曲じゃね~かよっ!

おそらくちょっとした曲までオリジナルを踏襲している。そして出てくるキャラクターがかなりオリジナルに近いキャスティング。こうなるともう懐かしいこと、懐かしいこと。「ミフネ・ゴー(スピード・レーサー:エミール・ハーシュ)ってこんな感じだったなぁ」とか「オヤジ(ジョン・グッドマン)、そっくりじゃん」とか「チンパンジーと弟、いたいた。ヘンな帽子被ってたよな~」とか「マッハ号のハンドルにたくさんボタンがついてた」とか記憶が一気に蘇る。そして覆面レーサー。「兄貴だって直ぐに分かりそうなものだろ」って幼い頃に思ったことさえ蘇る。そんな感じでオリジナルに近い曲も相まって、どっぷりハマりまくり。お話がどうとか、レースシーンが現実離れし過ぎとか、どうでもよくなってくる。とにかくウォシャウスキー兄弟がこのアニメが好きで、忠実に再現しようとしたことが分かり、こちらとしても嬉しくなってくる。

それにしても、何とも無国籍な作品だよなぁと感心した。オリジナルのアニメが日本とは思えないものであったのだが、この精神はアメリカ版の今作でも生きている。アメリカ人が演じてはいるが、どこの国だか分からないような街の様子。日本語、中国語、ハングルが英語に入り乱れ、人種も様々。時代だって昔想像した21世紀的で、レトロな近未来な雰囲気。おまけに僕が観たのは日本語吹き替え版となれば、いったい自分が観ているのは何なのかが分からなくなってくる。ここまで国境や人種や時代を越えて、現実のしがらみから開放された作品というのが過去にあったのだろうか。ある意味、「究極の自由な空間」を創り上げたと言って過言ではないのではと思える。こんな幸せな映画を観られて実に有意義な体験であった。もっとも『マッハGoGoGo』を知らない世代にはどう映ったか分からないが(知ったこっちゃないけど)。

それにしても…

赤西仁(の吹き替え)下手過ぎ!(←究極の棒読み)

スピード・レーサー.JPG


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